妻の目印は、青いワンピース

夫婦とりかえ物語 #3

「何のために取り替えるかは・・・、取り替えたらわかるような気がする。あなたに呼ばれたんだよ、俺は。そんな気がする」

「どうしたらそういう話になるんですか、変ですよ。取り替えるなんてできるわけないじゃないですか。あなた普通じゃないですよ」

「普通じゃない、褒め言葉かな?」

「褒めてないですよ。危ない人、ってことですよ」

「危ない人、褒め言葉かな?」

「それも褒めてないですよ。頭がおかしいってことですよ」

「頭がおかしい、」

「いや、だから褒めてないってば」

その時、スマホの聞き慣れた着信音が大きく鳴り響いた。均は自分のポケットからスマホを取り出した。

画面は真っ暗だ。

高雄がビデオ通話で電話に出ている。

相手の声も聞こえる。女性だ。「今から家を出るけど、どこで待ち合わせればいいんだっけ?」

「ああ、えーと」高雄がこっちを見て何か 口をパクパクしている。

何か均に伝えたいのかもしれない。

「(どこで待ち合わせか、だって!)」小声で、高雄が聞いてきた。

スマホの画面がチラッと見えた。ビデオ通話の向こうにはすごく魅力的な女性が写っていた。均は落ち着かない気持ちになった。

「えーと、待ち合わせ場所は・・・、」早くしろ、と言いただげな目で高雄が睨んでいる。

「え、駅とか?」均が答えた。

「わかったわ、駅ね。9時には着くと思います」スマホの向こうの女性が答えて、高雄は電話を切った。

「そういうことなので、駅に9時でよろしく頼みます」

「えーっ!そういうことじゃないですよどこだって聞くから、答えただけですよ」

「自分で答えて自分で約束したんじゃないか。自分の言動に責任を持った方がいいぞ」

「そういう問題じゃないないですよ、そんなおかしいですよ」

「約束したのにそれを破ろうとしている君の方がおかしいじゃないか」

「そんなぁ」

「とにかく、これで契約締結ってことで。車の中で着替えよう。9時まで、意外に時間がないからね」

高雄に押し込められて、二人は車の中で服装を交換する。

高雄の服は少しだけ香るいい匂いがした。香水だろうか。

「40過ぎると体臭も気になるから、ケアが必要だよね」 頭の中が読まれたのかと思って、均は恥ずかしくなった。

「車の運転はできるから問題ないよね。EVってガソリン車と違ってすごいトルクがあるから最初の踏み込みはゆっくりね。気をつけてね」「じゃあ、今日はよろしく頼むね」

高雄は、電動自転車にまたがる。

均はおかしな感覚に襲われてめまいがする。

自分が自転車に乗っている姿を、客観視しているからだ。

「今日は、デスクワークの予定だったので、

座ってれば、とりあえずなんとかなると思います」

「均さんも肝がすわってきたね」

「もうヤケクソなだけですよ」

均は海外のEV車の運転席でもう一度、操作を高雄に確認した。巨大なiPadのようなパネルしかないので、操作は簡単なようで、はじめてだと面食らう。

しかし、一度運転してみたかったのだ。ハンドルを握ると、均は少しワクワクしている自分に気がついた。

「待ち合わせの女性の目印は何かありますか?あとどこへ送っていけばいいんですかね?」

均は、高雄に尋ねた。

高雄はもう電動自転車で走り出していた。

「あー、妻の目印は、青いワンピースを着ているみたいだった。バッグは白じゃないかな。行きたい場所は、特に決めてないから、自分たちで話して決めてくれ。じゃあ、行ってきます」

高雄は、ものすごい勢いで坂を登り始めた。

トルクがどうのこうの独り言が遠くに消えていった。

「妻って、今言ったよね。高雄さん、聞いてないよ!!」

大きな声で均は呼びかけたが、もう高雄は聞いていなかった。聞いていたとしてもおそらく何も応えないのだろうと均は思った。

均がこれまで付き合った女性は二人。高校時代に少しだけ付き合った人、それから現在の妻、香織である。

自分は幸せに暮らしていて満足している。

しかし、どこかで、他の人と付き合ってみたりしなくてよかったのだろうか、早計な決断だったのではないか、と思ったことは何回もある。

その度に、これは軽率であり、道から転げ落ちる、悪魔の囁きだと思う。そういう「もし」は人生をおかしくしてしまう。なるべく波風立たせたくない。人生は順調に進んでいる。そう、均は思う。

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