夫婦とりかえ物語 #2
駐車場には、鈍く光るワインレッドの車が止まっていた。音は全くしない。海外製の電気自動車か何かだろう。均は、急に自分の電動自転車が恥ずかしくなった。
この車が珍しかったのだろうか。この音がしないこの車が。なんだったのだろう、気のせいか、と、また坂登りへ戻ろうとした時。
車のドアが開いた。男が降りてきた。
男の顔を見て、均から血の気が引いていく。
夏の悪い冗談、おそらくこれはB級ホラー映画のワンシーンなのであろう。
男はあまりにも自分にそっくりの顔をしていたからである。
男も均に気づいた。男は少しびっくりした顔をしたが、落ち着いた声で
「ずいぶん、俺に似た顔をしているね」
真夏の駐車場は摂氏40度に迫ろうとしてるが、均の背中には冷たい汗が流れた。
「は、はいっ」
焦って、うわずった声で均は返事をした。
よくよく見れば顔も同じだが、髪型も同じだ。背丈もほとんど同じだろう。
「に、似てますね・・・、えーと、あ、はじめまして、均といいます」
均は挨拶をした。男はニコリと笑って、手を差し出した。
均はきょとんとした
「握手だよ。はじめまして 均さん」
自転車のハンドルを握りしめていた手は汗でびっしょりだった。ズボンで拭いた。しかし走った汗と男を前にした冷や汗でズボンもびしょびしょだった。
差し出された手をそのままにするわけにはいかない。
あきらめて汗ばんだ手でそのまま握手した。
「俺は高雄といいます。はじめまして」
ゆっくりとしたやさしい声だった。
しかし、声もまた自分と同じだった。
骨格が同じなら声も似てくると聞いたことがある。
こんなに似てるから声も同じなのだろう、と自分を納得させた。
高雄の手は熱く、力強かった。
均は大人になってからはじめて握手したかもしれない、と思いながら、なんとか強く握り返した。
高雄と名乗るそっくりな男は均の顔を近くでまじまじと見つめる。
均もまた、まじまじと見つめ返す。
鏡でもみているような。左右が違うから鏡ともちょっと違う。
違うのは顔だけではない。
表情も違うと感じた。
高雄からは自信を感じる。
服装もラフだ。それでいて気持ちよさそうなポロシャツを着ている。
仕立てのいいブランドを着ているのがすぐにわかる。有名なブランドのものだろう。
この暑さの中でも涼しげだ。
均はふと、これはドッペルゲンガーというやつなのだろうと思った。
世界には自分と瓜二つの顔の人物が存在するという逸話だ。
しかしドッペルゲンガーに遭遇した人物は死ぬと言われていることを均はぼんやりと考えていた。
握られた握手はそのままに高雄がふと口を開いた
「私たち、取り替えないか?」
「へ?何をですか?」
「あなたと私、交代してみたら面白いんじゃないか、ってことさ」
「自転車のことですか?」
「そうだなあ、そう自転車もそうだけど、服も取り替えて、俺の、いや私の代わりに、高雄として過ごして見ないか?」
「ええっ!そんなの無理に決まってるじゃないですか。ちょっと変な冗談はやめてください」
「無理かどうかはやって見ないとわからないよ。現にこうして、
今、あなたのことを見ていても、まるで自分がびっくりしているようにしか見えないんだ。頭が混乱してくる」
高雄はまっすぐの目で均を見つめている。冗談を言ってる目ではない。
「誰からも気づかれない気がするんだ」
「仮にですよ、気づかれるとか気づかれない、とかじゃないですよ。仕事はどうするんですか、家族もいるし、そもそも何のために取り替えるんですか?」
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