店内は赤を基調とした落ち着いたバーだった。5月の陽射しで明るかった屋外から入ってきたバーの店内は、目が慣れるまで真っ暗のように感じた。
「暗いね。だれがいるか全然わからない」夫は目をこすりながらあたりを見回す。
「あんまり見たらみっともないわよ。でもこんなに暗かったら顔も良くわからなくて恥ずかしくないかもね」
「Hな気分にもなっちゃうかも?」夫はニヤニヤしながら顔を近づけた。「そうね。多少はね。でもここは前戯みたいなものだから。会話だけね。あとでしっかり舐めてもらうからね」靖子は自分の発言によって、すでに湿り気を感じていた。
「カウンターに席をご用意しますのでどうぞ」
「あ、はい」靖子はカウンターに近づいた。ところが夫のケンは
「ねえねえ、聞こえない?もしかして今、だれかエッチしてない?」
「え、うそでしょ?バーだよ?」
「でも、ほら変態バーだから」
マスターが優しく教える。
「わたし達はあくまでバーですが、自由恋愛を禁止することはできませんから。どこかでそういうことが起きているかもしれません」
「ちょっと、俺見てきていい?」
「は?!ちょっと、私はいかないわよ」
「靖子はカウンター座ってて。俺、誰かのセックスとか正直、生で見たことないもん。ちょっと見てきたい。どんな人たちですか?」マスターにかじりつくようにケンは聞く。
「お客さまに関することはお伝えできませんので」
マスターに遮られたが、暗がりからたまたま事を為している男女らしき会話が耳に届く。
「すっげえ巨乳」と男の興奮気味なつぶやきが聞こえる。
女性が「しっ。みんなに聞こえるからそんなこと言わないで」
「す、すみません。でもすごいっすね。巨乳。はじめてっす。こんな巨乳」
この会話に耳を澄ませたケンは思わず「き、きょ、巨乳!」目を見開く。
身を乗り出して移動しようとするケンに、靖子は「ちょっと、ケン」と手を握る。
靖子は、自分の胸を見た。
形はいいと思うけどそれほど大きい訳ではない、そんな自分の胸の奥がチクりと痛む。
「いいかげんに、席につこうよ」ケンの腕をひっぱる。
「いや、ちょっと、せっかくこういうとこ来たからさ、俺見てくるよ、すぐ戻るから。靖子は座ってて」
ケンは巨乳という響きに引きずられて暗闇の中へ消えていった。
「困りましたね。カウンターで何かお作りしましょうか?」マスターは靖子に優しく声をかける。
「はい、そうですね」靖子がカウンターに着く。
そうすると、すぐに両サイドに男性が座った。
「はじめまして。綺麗な方ですね」
「え、えっ!わたし?は、はいはじめまして」
「抜け駆けはよくないな、俺も話しかけたかったんだけど。はじめまして」
逆サイドからも声をかけられる。
「男性陣、がっつかないように。まだドリンクも出してないんですから」
マスターが二人を止める。
両脇の男の強い目線に、顔を上げられない靖子。真っ赤に火照っているのが分かる。
「そうだよ、君たち。美人さんが萎縮しちゃってるじゃないか〜」
後ろから関根の声がする。
よかった。
先に知り合いが出来ていてよかった。
関根の声にほっとするなんて。やさしい関根の顔を思い浮かべ、後ろを振り返る。
「おまたせ」
そこには、裸で黒いシルク製の「ふんどし」姿にになった関根が立っていた。
「関根さん、ふんどしかっこいいですね」マスターが関根の新しいふんどしを褒めたのだった。